前回、インパール作戦の会議にAI軍師を置く思考実験をした。最後に、自分にこう問いを残した。
この計画を見直すべき事実があるなら、先に教えてほしい
この問いを、実際に1943年末、作戦の最終承認前の会議で投げたとする。AI軍師は、何を返しただろうか。
時点は1943年末に置く。翌年の戦闘結果は使わない。当時の状況を史料からたどり、そこから導ける指摘を考える。以下のAI軍師の回答は、史料をもとに組み立てた創作であり、実在した報告の引用ではない。
道路を断てば、敵の補給は本当に止まるか?
1943年、ウィンゲートの部隊は日本軍の後方に進入し、航空補給を利用して活動した。日本側も、その存在を認識していた。航空補給は、翌年になって突然現れた未知の手段ではなかった。
AI軍師なら、こう返すかもしれない。
敵は、地上の補給線を失っても活動を続けた実績があります。道路を断つことと、補給全体を断つことを、同じ条件として扱っていませんか。
ただし、その実績だけで、インパールの大部隊を長期間維持できるとも断定できません。確認すべきなのは、敵の備蓄と航空補給による持久能力です。不明な能力を、存在しない能力として計算しないでください。
これは、敵が必ず持ちこたえるという予言ではない。道路を断てば敵が崩れるという見込みに、すでに反例があるという指摘だ。
敵が越えた山を、自分たちも同じ条件で越えられるか?
ウィンゲート部隊の進入は、牟田口の地形認識を変える契機になったとされる。しかし、部隊が通過できることと、そこで戦闘を続けられることには差がある。
敵が山地を越えた事実は、通過が可能であることを示します。しかし、兵力規模、装備、任務、補給方法が異なる我が軍の作戦まで、成立すると証明したわけではありません。
到達できるか。到達した部隊を養い続けられるか。この二つを、別々に確認してください。
他者の成功を参考にするとき、目に入りやすいのは、達成した結果だ。その結果を支えた条件まで、自分たちにそろっているか。AI軍師には、そこを照合してほしい。
必要とした支援は、実際にそろっているか?
第15軍が要望した兵站諸部隊に対し、実際に配属される部隊は、要望を下回っていたとされる。必要とした支援と、与えられる支援の間に、差があったことになる。
要望した支援を得られないと分かった後、計画のどこを変更しましたか。当初の要望に余裕があったのか、代替手段で不足を埋められるのか。それとも、作戦規模を縮める必要があるのか。
実際に配属される部隊の能力を使って、成立を確認してください。
必要な人員がそろわない。使える予算が減る。準備期間が短くなる。それでも目標と日程は変わらない。そうした計画を前にしたときにも、この問いは使える。
敵の物資が手に入らなくても、計画は成立するか?
牟田口は、後方支援への懸念に対し、敵の物資に依存する方針を示していたとされる。
敵の物資を利用できる可能性はあります。しかし、獲得するには先に戦闘で成功する必要があります。
獲得が遅れた場合、あるいは敵が搬出・破壊した場合にも、作戦は成立しますか。獲得までの期間と、獲得できなかった後の行動を、自軍の補給で支えられるか確認してください。
手に入る可能性のある資源を、すでに確保した資源として数えていないか。ここで確かめるべきなのは、その点だ。受注できるはずの案件。採用できるはずの人材。将来増えるはずの収入。期待を置くことはできる。ただ、その期待が外れたときに何が起こるかは、別に考えておく必要がある。
一つの拠点を取れば、目的まで達成できるか?
日本側は、ビルマを占領しても、インドからヒマラヤ越えの航空路による中国支援が続くことを、すでに認識していた。
インパールの部隊への補給、インド側からの増援、中国への援助輸送は、関係していても同一の経路ではありません。この作戦で、どの経路を止められるのですか。残る経路は何ですか。その結果、敵の活動をどの程度抑えられるのですか。
拠点の攻略と、戦略上の目的の達成をつなぐ条件を示してください。
インパールを攻略することに意味がない、と断定しているわけではない。局地的な成功が、目的全体にどこまで効くのかを確かめている。仕事でも、システムを導入する、資格を取る、組織を変えるといった具体的な目標は置きやすい。その達成によって、もともと解決したかった問題が、どう変わるのか。そこまでつながっているかを問いたい。
未来が分からなくても、今の計画は見直せるか?
このAI軍師は、作戦が必ず失敗すると言い当ててはいない。敵の持久能力には不明な点がある。味方の支援は、要望した条件と一致していない。物資の獲得には、戦闘の成功が先に必要になる。個々の達成が、目的全体にどう結びつくかも確かめる必要がある。
返ってきたのは、未来の答えではなく、今ある計画への問いだ。それでも、見直す理由にはなる。全ての結果が分かるまで、判断を変えられないわけではない。
前回、私はAIがいれば作戦を止められたのではないか、と考えた。ここまで考えて、AI軍師に頼みたい仕事が具体的になった。この計画が必要としている条件と、今ある条件を照合する。その差を、見落とさずに示してもらう。
差が見つかったら、埋める。埋められなければ、規模や方法を変える。続けると決めるなら、何を根拠にその差を引き受けるのかを、自分の言葉で残す。
完璧な計画は、どの条件の上に立っているか?
この問いは、私自身の経験にも重なる。私は以前、130ks(プログラムの行数にして約13万行)規模の開発で、プロジェクトマネジメントを担当した。スコープが広く、想定外が積み重なり、本番環境でトラブルが多発した。
計画が甘かったわけではない、と当時は思っていた。人員も、日程も、テストの範囲も、決めるべきことは決めていた。それでも、本番で止まった。振り返って分かったのは、想定外はいくらでも起こる、ということだ。一つ一つは小さい。仕様の解釈が担当者ごとに少しずつ違う。連携先の環境が想定と異なる。確認したはずの手順が、条件を変えると通らない。小さな想定外が積み重なると、計画はある日、成立しなくなる。
ここで、インパール作戦のAI軍師が返した問いが、そのまま自分に向く。完璧な計画を立てたつもりでも、それは特定の条件下でしか成立しないものになっていないか。スコープが予定どおりに固まる。関係者が想定どおりに動く。環境が想定どおりに用意される。そうした条件を、計画の外側に暗黙のまま置いていなかったか。牟田口の計画が、敵の物資を獲得できるという条件の上に立っていたのと、構造は同じである。
計画を立てる力と、計画が立っている条件を見る力は、別のものだ。前者は経験を積めば上がる。後者は、意識して問わなければ上がらない。
次にやること
だから、次の計画では手順を一つ足す。
- 計画を書いたら、その計画が何を前提にしているかを別紙に書き出す。人員、日程、環境、関係者の動き、外部の条件。
- 前提ごとに、確かめた、まだ確かめていない、の印を付ける。まだのものが、その計画の弱点である。
- 確かめていない前提が崩れたときの動きを、着手前に決めておく。規模を縮める、順番を変える、いったん止める。
- 節目ごとに、前提の一覧を見直す。想定外が起きたら、どの前提が崩れたのかを書き足す。積み重なりを、目に見える形にする。
AIには、計画そのものではなく、この前提の一覧を渡す。今の事実と照らして、崩れているものを先に指摘してもらう。130ksの現場で私に足りなかったのは、計画の精度ではなく、この一覧だった。
次に計画を立てるときは、「どうすれば実現できるか」の前に、こう尋ねてみたい。
この計画は、何が成り立つことを前提にしているか。そのうち、まだ確かめていないものは何か?
その答えを受け取った後の判断までが、自分の仕事である。
参考にしたサイト