言葉の資産集に「非連続的な成長」を載せていて、注釈には「延長線ではなく、段差を跳ぶ成長」と書いた。
ビジネスの世界では珍しい言葉ではない。既存のやり方を改善し続けるのが連続的な成長で、やり方そのものを変えるのが非連続的な成長だ。中期経営計画の資料でもよく見かける。
私にとってこの言葉の源流は、7年前の自分の投稿にある。
拾った日
非連続的な成長ってめっちゃいい言葉。たぶんマインドが変わった時に起こりうるやつ。
— 近藤雄貴 (KONDO Yuki) (@konpan) July 23, 2019
「めっちゃいい言葉」。どこでこの言葉を見かけたのかは覚えていない。それでも、私は投稿した時点で「マインドが変わった時に起こりうる」という自分なりの仮説まで書いていた。
7年前の私は何も分かっていなかったが、仮説は当たっていた。当たっていたと分かったのは、ずっと後になってからだ。
言葉より先に、実感があった
この言葉を知る5年前にも、私は同じことを別の言い方で書いていた。
毎日毎日同じことを何度も何度も繰り返すことで、ある瞬間から飛躍的に技術が進歩する。しかも、その瞬間は突然現れる。
— 近藤雄貴 (KONDO Yuki) (@konpan) September 7, 2014
この投稿は読書メモで、「突然現れる」という表現で段差のことを書いている。まだ名前を知らなかっただけだ。
2018年にも、同じことを書いている。
自分ごととしてとらえることで飛躍的に成長する。同じフィールドに立ったら、年齢経験は関係ない。
— 近藤雄貴 (KONDO Yuki) (@konpan) January 26, 2018
この投稿の内容は、言葉の資産集の筆頭にある「当事者意識」とそのままつながっている。
私の場合は実感が先にあり、名前は後から付いた。たいていは、この順番だろう。
「段差」という言い方も、元をたどると自分の投稿にあった。
減速しない。段差は乗り越える。
— 近藤雄貴 (KONDO Yuki) (@konpan) March 30, 2013
13年前、自転車で走っている途中に撮った写真に添えた一言らしい。その一言を、いま私は成長の注釈に使っている。
企業に求めていた言葉が、自分の言葉になった
もう1つ、関係する投稿がある。
iモード以降は連続性のある発展。改善を高いレベルでやってきた、ということ。非連続性のある発展にチャレンジし続ける企業であって欲しい。研究開発部隊に期待。
— 近藤雄貴 (KONDO Yuki) (@konpan) September 29, 2017
2017年の私は、この言葉を企業に向けて使い、他人に求めていた。
2019年の投稿では「マインドが変わった時に起こりうる」と書いていて、主語が自分になっている。
企業に期待していたことを、私は2年足らずで自分の課題として考えるようになった。
伸びていた。それでも足りなかった
当時、私はずっと同じチームにいた。できることは増え、作業も速くなり、連続的な成長は感じていた。
それでも、伸び悩んでいる感覚があった。
成長している感覚と伸び悩んでいる感覚は、同時に成り立つ。停滞は伸びている人にも起きる。伸びる方向が変わらないからだ。
同じ場所に長くいると、伸びる方向も同じになり、できることは深くなっても広がらない。
課長代理から、課長へ
伸び悩みをはっきり自覚したのは、2022年4月に課長代理から課長になる時だった。「非連続的な成長」という言葉を知ってから、3年が経っていた。
私は、マインドセットを変えないと今までの仕事のやり方ではチームを引っ張れないと思った。
課長代理は技術を磨けば務まるが、課長には技術とは別のものが求められる。
私が必要だと感じたのは、もっとマクロなことを知ること、自分の軸を持つこと、ビジネスマンとしてのスキル全般を上げることの3つだった。3つとも、それまでの仕事とは別に身に付ける必要があった。
跳んだ瞬間は、思い出せない
自分がいつ変わったのかは覚えていない。
管理職に任用されたことが大きな転機だったのは間違いない。ただ、特定の日の会議で変わったという記憶はなく、気づいたら違うことを考えるようになっていた。
非連続的な成長は、渦中にいる間は本人に自覚できず、変わり終えてから気づくものなのだと思う。
「あの瞬間に人生が変わった」という話は、たいてい後から作られる。実際の変化はもっと曖昧で、境目がないまま進む。
7年越しで、回収された
課長になる時に必要だと思った自分の軸は、いまはできたような気がしている。
いつ、どうやってできたのかは細かく説明できない。ただ、4年前に必要だと感じたものを、いまは持っている。
2019年の自分が書いた仮説を、もう一度読む。
たぶんマインドが変わった時に起こりうるやつ。
仮説は当たっていた。私はマインドを変えなければならない立場に置かれてマインドを変え、その結果として成長の段差を越えた。
言葉を知ってから中身が追いつくまでに、7年かかった。
意図的に起こすには
ここまでは振り返りだ。偶然変われたのなら、次も偶然を待つしかないのか。
非連続的な成長を意図的に起こす条件は、いまの私の考えでは2つある。
1つは環境を変えることだ。同じ場所にいる限り伸びる方向は変わらず、深さが増すだけになる。
もう1つは未知に挑戦することだ。できることを続けても、できることが増えるだけになる。別の方向へ伸びるのは、できないことに手を出した時に限られる。
どちらの条件も、居心地の良さを手放すことを意味する。連続的な成長は伸びている実感があるので、居心地が良い。非連続的な成長は、その実感をいったん失うところから始まる。
段差は、乗り越える
最近も、非連続的な成長を感じる場面がある。うまく説明はできないが、感覚としてはある。
私は今のやり方を改善するのはうまくなったが、やり方そのものを変えるのはまだ下手だ。だから、忘れないようにこの言葉を資産集に載せている。
13年前の私は、こう書いていた。
減速しない。段差は乗り越える。
私の言っていることは、13年前から何も変わっていない。